只管打坐 の経験

只管打坐とは道元禅師の言葉です。 ただひたすらに座禅をする。 それによって、なにかの境地に立つことが叶う、 という意味合いだと思いますが。 かなり昔に鎌倉仏教の知識を入れていた時に、 北山の輪王寺に行って座禅体験をしたことがあります。 このころは、土曜の朝開催でした。 ここのところ、コロナウイルスの影響で土曜の娘の 習い事の数が減っていて、この輪王寺の座禅…

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苦役列車

西村さん。あんたの小説、読ませて貰います。死者を弔うという、小説の読み方は初めてだ。 死に方は生き方。 簡単に口でいうのと、この西村さんみたいに体現された方の存在は全く次元が違う。 やっぱり生きなければ駄目だ。 西村さん俺も頑張るよ。

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かつて見た映画 『Seven』

若い時分、かつてお付き合いをしていた女性と 仙台の街の象徴のような映画館だった東宝で、 このブラットピットとモーガンフリーマンのセブン を観ました。 胸糞悪い、と表現が下品で失礼、 とても胸が悪くなる ストーリーでして、嫌な気分になりがながらも、 当時からシナリオやキャスティングの妙に感心があった 自分は、映画を観た後、彼女と近くの喫茶店でセブンについて 話をしまし…

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