爺さん映画が好きなんです。『ラッキー』を観ました。

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ぼくは結構前から、爺さんが主役(か重要な役どころ)の映画が、結構好きでして。

アバウトシュミット、ネブラスカ、ストレイトストーリー、など。
多分これ以外にもいくつかあったんですが、思い出せない。

ネブラスカは、映画館で観ました。

いい映画でしたね、これ。ボケた爺さんに、胡散臭い宝くじまがいのくじが
当たりましたよ、という知らせが来て、それを真に受けて、息子の為にそれを
貰いにいこうとする。ボケているから自分では出来なくて、仕方なく、
息子が一緒についていく・・・。という話なんですが。
アメリカの田舎の現実(錆びれた、砂ぼこりっぽい、人間が年寄りしかない)を
映し出しているのですが、この映画は白黒なんで、なんというかその現実が、
ノスタルジックに、まるで自分が未来人になって過去のアメリカを観ている
ような、不思議な気になります。
その中で繰り広げられる、息子と老いた父の物語。
これ一人で泣いてましたね、思い出しますと(笑)。
狭い映画館でしたので、周りの人が泣いているかどうか、
まあさめざめと泣ければわからないでしょうが、ぼくは
バカみたいに一人で結構大音量で(笑)、泣いていました。

こういう老いた男の話は、親子関係がうまくいかなかったことへの慙愧や、
家族関係の問題、仕事の意味、生きる意味、そういうことを、映画として
理想的な形で伝えてくれるものが多い、と感じるのです。

今回観た、『ラッキー』という映画も良い映画でした。

この映画は日本の映画や演劇のように、説明が多く、
誰でもついてきてくださいね、お願いしますヨ、という映画では
なく。
映画監督が映画でしか表現できない表現
(最初じいさんの老いたゲソゲソの体は映すが顔は映さない、
じいさんが女を一人で罵る丸い2mくらいの円筒の筒があるのですが、
それを一方のみから映していて、じつはそれはキリスト教の人寄せ施設の
門で、閉鎖している、ということをのちに明かす、などなど)
を、結構たくさん用いていて、なかなか、媚びてない感がありました。

俺は、わかってもらえるやつだけにわかってもらえればいいんだ。
という主張が、びりびりと伝わってきます。

シナリオの展開もそうでした。
戦争の話をする時、じいさんが普通にジャップと言ったり、
カフェで会う戦争経験者の男が語る戦争経験の内容も、赤裸々で
誰に媚びる内容でもありませんでした。
一面的に観る人は、ジャップなんて差別だとか言い出すでしょうが、
この爺さんは特攻隊のパイロットについて、撃墜された特攻隊の
パイロットは悲運だ、というニュアンスの言葉も発していて、
敵方への敬意もきちんとある人間なんだ、ということがわかります。

だから、こういう年配者の経験からくる物語って、好きなんです。

ジャップと言おうが女の悪口を言おうが、実は、その経験から
心の奥底では、その相手に深い敬意をもっている。
人間は差別をする生き物なんで、最初は差別してかかっても、
その経験から、その差別していた相手が差別するべきものではない、と
痛いほどわかり、それを端々で漏れるように、表す。
大々的に、差別はダメだよ!人間はみんな一緒だよ!!なんていうのでは
なく、言葉の端々に、態度の細かいところに、それが出ていて、それを
この映画ではきちんと、そしてとても上手に表現しているのです。

結婚せず、子供に恵まれなかったこのラッキーというあだ名をもった
爺さんは、たばこや飲み物を買う、行きつけの店の主(おばちゃん)に
息子の誕生日パーティーに招待されます。
そこで、息子が誕生日ケーキのろうそくの火を消して、結構な人数の
出席者が拍手をし、盛り上がり、全員が着席するなか、爺さんだけは
立ったまま。一呼吸置くと、祝いの歌を一人、独唱し始めるんです。

この歌がなんとも、いいんですねえ。

日本の映画ではこういうのがないんですよね。
別に日本映画を批判したくて言っているのではないのですが、
・・・なんというか型にはまった筋書きのものが多いんですよ、日本映画は。

予想がついちゃうと言いますかね。

このラッキーという映画をみていて、じいさんのあらゆる行動や発言は、
予想できないものでした。この、招待された誕生日パーティーで歌を歌い
出す、という展開も予想だにしないもので、わたしは感激しましたねえ。

色んな気持ちがあったんだろうな、と想像しました。
歌っている時の、爺さんの心には。

老い先短い爺さんが、これからの未来を生きていく少年に純粋に
頑張ってくれよ、という応援の意味。
じぶんがあの幸せな少年のように、生きれなかった複雑な想い。
家族を持つことへの羨み、持てなかったことの悲しさ。
その理由(一因)を作った戦争。その時代。その戦争というものに参加して、
アメリカというものを守った意味、など・・・。

ラッキー爺さんは戦艦の中で一番楽な料理兵だったので、ラッキーと
いうあだ名をつけられ、今でもラッキーと呼ばれています。
とてもリアルな話で、実話なのではないか、と思いました。

多分、ラッキーじいさんは無宗教者で、無神論者なんだと思います。
キリスト教批判ととれるニュアンスや映像が出てきて、
空とか無、諸行無常を思わせるセリフも最後、出てきますので、監督か
シナリオライターが、そういう思想をお持ちなんでしょう。
しかし、それをあまり露骨にあからさまには表現していないのです。
わかるひとにはわかる、程度に表しているところが、とてもいいな、
とぼくは感じました。

良い映画でした。
『わかるひとにはわかる映画』を観て、ついていける感性を、
出来れば持ち続けたいです。

後から気づいたんですが、主演の爺さんはパリ・テキサスの主演の人だとか(笑)。

ライクーダーのスライドギターが印象的なこの映画、確か高校生の時に
観ました。残念ながら中身をあまり覚えていない(笑)ので、気づかなかった
んだと思います。

遺作ということがネットに書いたありましたので、この方は亡くなっています。
まあ怒られるかもしれませんが、遺作でこれだけいい演技をされているので、
役者冥利に尽きる、最後だったのでは、と思います。

ご冥福をお祈りいたします。

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