ぼくの青春『ノルウェイの森』

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年齢的に若く(今だと10代半ばから20歳くらいまで?)、
そして、未成熟であること。

これが青春の定義であると、僕は思います。

よく年配の方で『わたし、今でも青春しておりますわ!!』なんて張り切っている人が
たまにおられますが(笑)、これは申し訳ありませんが、わたしとしては『偽りの青春』だと思います(笑)。

青春の時期というのは、時が限定されていて。
その時の限定された、まだ未成熟な人間の状態である、というのが、一般的な捉え方としての
『青春』の時期と言うのだと思うんです。

この時期に、ぼくは、
この『ノルウェイの森』を読めたんで、
これはですねえ。
ぼくの、とてもとても大きな財産になったと、思っているんですよ。


この物語に出てくる人物たちは、なんというか、まずこの本を読むまで
自分の人生で会ったことが無い、人物ばかりでした。

いや、
それまでも、ありましたよ。

トンでない設定というか、登場人物は。
例えば信じられないような浪費家だとか、
放蕩者、女たらし、いろいろ自分の人生で会ったことが
無い様な人が出てくる小説は、読んできたんですが。

このノルウェイの森の登場人物は、会ったことがないだけでなく、
おしゃれでかっこよく、どこか都会的で、どこか背徳的な運命を背負って
いて、そして刹那的な人物たちでした。
こんな人たちには間違いなく、仙台の片田舎に住んでいた当時の自分には
会いようがない(笑)。

まず、この人物たちが織り成す物語という点で、わたしは頭の脳髄を、
ぐぐぐいっと鷲掴みにされたような(笑)、これまでこんな小説読んだことないぞ、
という驚きで、これはすごい小説だなあ、と思った記憶が、残っています。

独自の人生観を持った永沢さん。
その彼と付き合っているハツミさん。

高校時代の親友のキズキ。
彼の彼女の直子。
大学の同級生の緑。
直子が入所した施設で一緒に過ごしている、レイコさん。

主人公の渡辺。

この登場人物で織り成される物語なんですが、
驚くほど、この物語に取り込まれながら読んだといいますか、
没頭して読みましたねえ。

基本的に出てくる人たちが全員知的なんですよね(笑)。
そう、知的なんですよ。
緑なんか、やんちゃなんですけど、でもなんとなく行間から知的な
匂いがしてきちゃうんです。それがとても新鮮でした。
これほどまでに、登場人物が、読んでいるぼくに、まるで生きている人間の
ように影響力を行使してきているような、そんな小説とは出会ったことがない
ので、驚きましたねえ。
永沢さんとか、直子とか、レイコさん。緑だって、
なんとなく、自分の体のどこかに影響力を残していった、読了後、
そんな感覚が残りました。


本の巻末を開くと、1987年9月10日 とあり、上下巻とも初版の
ものでした。この時期ですと、ぼくはまだ中学生なので、ぼくの兄がこれを
読み、数年後、高校生になったわたしにこれを読め、と言って読ませてくれた
んだと思うんです。
それをぼくがそのままもらった、のが、このノルウェイの森です。

結構、何回も読んだし、何人かの友達にも貸したので年季が入っていますね(笑)。


村上春樹氏のことは色々言う人もいるし、
アンチも多いし、ぼくも嫌いな時期もありましたが、
やっぱり、彼の特に前半の作品は、すごいものが多いと自分では感じます。

今の小説ですと、感じ方というか、その読者が得る『答え』みたいなものが一個しかない
ような小説が多いですね。敢えてこれとはいいませんが、少し前に流行った小説など
さらっと家にあったので読みましたが、そういうものは、何か最後まで読む気がしない
んですよね、僕は。つまらなく感じてしまうんです。

このノルウェイの森は、生と死や、未成熟さ、セックス、この辺りをテーマにして
物語を織り成していて、言いたいことはこれだよね、と誰もが絞れるものには
なっていないと思います。

読んだ後、なんとなく雰囲気だけ感じ、何を言いたいのかわからない、
とか、まったく感じるものが無かったとか、面白さがまったくわからない、
ということをいう人たちも、いました。
(わたしが貸して読んでもらった人の感想(笑))

それらの人の感想を聞いて、当時僕は、
(驚くべき感性の低さよ!!)とか、(感受性ゼロ女め!!お前は文学を語るな!!)
など、心の中で蔑んでいましたが(笑)、それは、こういう捉え方が多様に出来る
奥行きのある小説では、当然、発生しうることなんですね、と歳を取った今は、思います(笑)。

村上春樹の表現の一つの柱に、『未成熟なまま大人になった大人は、どう生きるのか』、
とか、『どう生きたっていいのではないか。』とか『そもそも未成熟とはどういうものなのか。
現代において、成熟とはどういうことなのか。』ということを問うている柱が、ある気がします。
風の歌を聞けからの三部作や、このノルウェイの森は、この問いのジャンルに入っているもので、
ノルウェイの森はその中でも読みやすいんですが、しかし底が浅い訳ではない、逆に深みがある
作品だと、何回か読んでいるうちに感じました。

かろうじて、永沢さんの彼女のハツミさん(彼女は自殺してしまいます)が、
わたしの実生活の中で、似た人がいた、存在でした。

わたしの兄の彼女がこのハツミさんの雰囲気に似ており、
たった一人、リアルな生活で結びつく人がいただけに、今度はこのハツミさんが
他の登場人物と違った意味で際立ってしまって、一人だけ存在感が違って、
その点でもなんという小説だよ、と思ったことも、覚えています。


ぼくの青春の本、『ノルウェイの森』。
兄とは今、疎遠ですが(笑)、ぼくはこの疎遠な兄に、感謝しているのです。

ぼくにある意味で、しっかりした背骨を与えてくれたのは、この兄であることは
間違いなく、今のぼくがあるのは、この疎遠な兄が居たからなのです。

兄から『借りパク』した、ノルウェイの森のページを開きながら、
当時を懐かしく、思い出したのでした。

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