東北
数日前に多賀城図書館に行った際、
多賀城・南門のリーフレットがあったので。
もらってきたのです。
それを家で見ていたら気になることがありました。
右上の言葉。
『東北』です。
北海道・東北地方。
関東地方、
関西地方、
中部地方、
中国・四国地方、
九州・沖縄地方。
なんていう呼称で、それぞれの地方を
括った呼び名があるわけですが。
気づかれたかた、いらっしゃるかもですが。
東北だけ、『方角』なんです(苦笑)。
これ、きっと侮蔑、差別、の類ですよね。
これから自分で調べますがね。
この 東北 という呼称の由来を。
この東北だけ方角 というのには、
日本の中にある若干の闇を感じたりもします。
会津戦争の時の長州の振る舞いの仔細を私は知って
いますし、
関東の人は白河以北、
関西の人は箱根の山より北には、
猿しかおらへん、と言ったそうな。
猿、ですよ(笑)。
凄まじい蔑視、差別で、
なんというか、侮蔑と言っていいと思います。
いま自分は坂上田村麻呂の時代にあったことについて
興味をもって調べています。
そこには、この日本の歴史には、世界にも類をみない、
(敗者を惨殺しない国)が確かに存在していて、
神話でなく、本当にそんなことがあった、ということが
そんな史実が存在したんだということを、
感じて、しみじみとこの国の素晴らしさを感じているんです。
(別所)という地名が全国に200か所以上あり、
その地名の由来は、蝦夷(えみし)と呼ばれたまつろわぬ民だった
かつての岩手・青森・秋田に住んでいた民を、和人化するために
住まわせた地だ、という史実があります。
そこに強制的に移住して住まわせた側面もあるのかもしれませんが、
事実として、しっかりその人に生活費を与え(朝廷が)、和人と共に
和人の生活に馴染むように、サポートしていたというのです。
その事実を知るとやっぱりこの国は、他の国とは種類が違うのかも
しれない、と感じます。それで日本を礼賛、とかではなく。
純粋に、他の国ではこのような昔にこんな政策を実行していた事実は
ないので、明らかに他国とは種類の違う国だ、と認識できます。
いうまでもなく、他国では、惨殺、奴隷化という形をとりますね。
そんな我が国に、ある闇。
そのかつて蝦夷と呼ばれていた地に住むものに対する根強い蔑視。
それこそ千数百年の間、醸成されて、かなりの腐臭を放つようになって
しまっている恐ろしき差別感情、その差別感情は人々の心の比較的深い
ところにそっと備わり、何かのことがらをきっかけに、ぱっと表にでて
きます。
仙台に首都機能を、と政府が検討しだしたら
『仙台遷都など阿呆なことを考えてる人がおるそうやけど、(中略)東北は熊襲の産地。
文化的程度も極めて低い。』という有名な東北熊襲発言をします。
いまやウィキペディアに詳細に書いてありますね(笑)。
その他、多いんですよ。
色々と。差別と捉えていい発言が。
大地震が起きたのが東北でよかっただの、
そんなのが。
と、まあ、色々思うところが出てきます。
別所 という地に元蝦夷の民を送り、和人化したかつての日本。
そのことをどう捉えるべきか。
日本人は、このことを隠していますね。
明らかなこととしては、学校で教えませんもんね、
この別所のこと、そして移配(別所に住まわせるために移住させたこと)
のことは。
学者の先生方はこの別所 移配のことを隠したいことと認識したのでしょうかね。
だとしたら、自分はその認識は間違えているし、
そんなことをするから、現在のような心の奥に潜む東北蔑視が生まれるのだと
思うんです。
この別所、移配の政策が世界に他の例がない、事例だとして、
いい面、悪い面、どちらの面からも客観的にしっかりと学ぶべきだと
思うんですよね。
歴史教育のご都合主義が生んだ東北蔑視。
それが、この(東北)という呼称を生んだのなら、
わたしは知恵者たち、学者たちの罪は大きい と思います。
皆さんはいかが、思われますでしょうか。
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