なぜなぜ分析(大きいことを考えるとなぜ生きていても仕方ないと思うのか)



何十億年も前に地球が誕生し、生命が誕生し。
何十億年後には地球が太陽に飲み込まれる。

その時に、生命が人間が絶滅するのか、そうではなく
地球以外の場所に移動して、生命体としての存命をはかれる
のか。

その辺についてはわかりませんが、
この大きな大きな事実と思われる科学的で化学的、且つ物理学的で
生命科学を元にした、壮大な解析、解説みたいなものを見聞きすると。


(自分って生きている意味、あるのかな)
と思えてきます。

例えば宇宙を自分の身体として例えた場合、宇宙からみた自分など、
体の中の細胞の1つに過ぎない、或いはそれ以下ともいえる小さな小さな
存在です。
そんな小さい存在に何の存在価値が、存在意義があるのか、と思え
段々それは自分の日常の活動ややっていることの意味に思いが及びます。

・ラジオドラマ制作をして自己満足みたいな思いに至っているがそれに
何の意味があるのか。
・娘を自分なりに考え、立ち止まり、思い立ち、そんなことをしながら
四苦八苦して育てていることに、どんな意味があるのか。
・苦労しながら金を得、物を買い、A地点からB地点に移動しては、
金を得ようとする。そのことに何の意味があるのか。

など。
どんどん、あらゆる具体的なことに意味があるのか、疑念が沸いて
沸いて、沸きまくってしまい、とまらなくなることがあります。
その状態になってしまうことについて、なぜ、そうなるのか、
(なぜなぜ分析)をしてみたいと思います。

1:なぜ大きいことを考えると自分の存在が行いが無意味に思えるのか。
①枠が大きかったり歴史の尺が長かったりすると、自分の枠や尺が
小さかったり短かったりするので、矮小なものに感じるから。

②なぜ小さいや短いが矮小に感じるのか。
→宇宙や地球と比べると自分の成し得ることなど、とても小さいことに
感じるから。

③なぜ自分の成し得ることがとても小さいのか。
→人間のやれること成し得ることには、一人で行えることには限界があるから。
それで人間は仲間と協力して色々なことを達成してきたが、現在の自分はその
(仲間との協力)という部分において、自信なり確信なりそんなものを持って
いないから。

④なぜ仲間との協力に確信や自信がないのか。
→家族という単位でさえ、衝突を繰り返しうまくいっていると思えない実態
がある。
ラジオドラマ制作ということについても制作ペース、内容などで満足した
状態であるとは言い難い。
金を得る行為についてもその状態を簡単に一言でいうと(混沌)であり、
それを改善していける見通しもないではないが、相当先のことになると
思われる。
これらの現実を見ると、何かを成し得ることについて、単語等で簡単に
言い表すと、(困難)(混沌)(対策をしても達成にはまだまだ時間を
要する)という状態である。

⑤困難、混沌、対策をしても達成にはまだまだ時間を要する
という状態なのは、なぜか。
→関わる人々が、自分と同じではなく、やりたい事・達成したいこと・性格・
人生に向き合うスタンス などばらばらである。
自分がこれをいつまでにこう、進めたいと思っても、それに共感してもらえない
ケースが多い。

結論)大きい存在を見て自分の存在を小さく感じる理由は、
元々小さい存在である人間である自分が、その対策となりえる手段(他人との協力)に
ついて、うまく出来ていないから、自分の力に限界を感じやすい。
一人で出来ることについて、限界を感じると同時に心の奥に孤独、孤立のようなものを
感じ、結果 自分は生きている意味があるのだろうか、やっていることに意味はあるの
だろうか、などと思ってしまう。


という一旦の結論を得ました。


なぜなぜ分析というのは、これまでも例えば、
『なぜ自分は妻と仲良く出来ないのか』
とか
『なぜ仕事を面白いと思えないのか』
などで行い、それなりの真因にたどり着いたと思っていて、
今回のなぜなぜ分析でもそれなりに真因には近づいていると
思います。

この分析方法、皆さんにもおすすめです。

少なくとも 対策を立案できなくても、(こんな原因なのだな)と
自分で腹落ちさせられることができるだけで、結構落ち着いて、
冷静になれるものです。

さあ。

自分の存在価値的な話をすると、かなり重い話にもなるのですが。

しかしそういうことをしっかり考えることで、より人生の意味や
人との関わりについて考えを深い位置に置けることにもつながります。

皆さんもテーマを決めて、やってみてはいかがでしょうか。

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