纏う(まとう)オーラ 本物の人
少し前に宇多田ヒカルさんの若い頃の
ライブやミュージックビデオを続けて
視聴していました。
若い頃の彼女の、
ライブの時の表情や佇まい、雰囲気が
なんというか 笑顔をベースにした雰囲気が
多分に感じられ、表情もフラットな感情の時に
見せるふとした角度のお顔の感情が、なんとも言えない
愛くるしさすら、感じられて。
そんな時の彼女をたくさんユーチューブでみて、
昔一度だけ行った、彼女のライブを思い出して
(懐かしいな)
と思って、その時の記憶を掘り起こしてみたり
していました。
一発撮りのユーチューブのチャンネルで、
彼女が歌っている、と知り、すぐに見せてもらった
んですが。
なんというんでしょう。
驚くほど、その雰囲気は変わっていました。
若い頃の纏いものは 今の彼女にはなく、
全く別の羽衣(はごろも)をまとっているような。
そんな風に思えました。
笑顔、
笑顔になることが少なかった生活を
もしかして。
若い頃有名になってから、
ずっと、そうして過ごしてきたのかな、と。
離婚もされて、外国に住んで、
その前に一旦音楽を休んで、子も授かり。
お母さんが亡くなり。
彼女の両親は回数ははっきり覚えてませんが、
4回とか5回、離婚して結婚してを繰り返した
と聞いたことがあります。
同じ父と母が同じ相手で・・・・。
彼女は
通常経験しないことを人よりかなり多く経験したことは
間違いなく、そんなバックボーンを持つ苦しみは
他人にははかることができないと思います。
そんな人は、本物になれると僕は思います。
表現をする上で こういうことを背景に
持つ人間は、例えばそこに深さを伴うものを
作ることが出来ると思うし、重さを付帯させることも
出来ると思うんです。
軽いものが偽物、しょうもないもの、と言ってはいないです。
一人の人間が、深い位置にある何か、
例えば 深淵に存在する愛 みたいなものを求めた時、
その求めに応じられる人、というのは この宇多田ヒカルさん
みたいな人なのだ、と思うんです。
浅い、軽い 作品なり製作物を求める時も、人にはあります。
そういうものを提供できる人も居て、
宇多田ヒカルさんみたいな人も居る。
自分は今、
深さや
重さを求めているので、彼女の今の姿をみて、
本物の深さ、重さだ、と感じました。
この彼女の First Love を聴いて、
何度も泣きました。
これはわたしが老化して、脳が衰えたからじゃないです(笑)。
本物を聴いたり、観たりした時の、
体の、感情、 正直な ありのままの 反応です。
何度も泣いて、こういう姿で居る彼女のすごさを
感じ、自分も彼女に及ばないながら、スタンスとして
そうありたい、と思ったのです。
自分なりにですが、そうありたい、
そう思ったのです。
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