どうやって成り立っているのか?
わたしの生活圏についに、クマが出ています。
歩いていける距離に橋があるんですが、そこのたもとの
のり面に、クマが居たそうです。
なぜこんなにクマが人間の生活圏に出没するようになったか、
専門家が解説していました。
理由)
1:森の木々が年老いている。昔の日本は、森に人の手が入り、
間伐が適切に行われ、木々の若返りが行われていた。
今、人間はそういうことをしなくなった。ゆえに、森の木々の世代
交代がなく、森の木々が老木だらけとなった。
その木々は病気に弱い、ということになりますから、なんらかの
病気が発生すると、一気に広範囲に広がり、例えば木の実が一気に
獲れなくなってしまい、クマが食べるものがなくなってしまう。
2:ハンター不足。猟友会というほぼボランティアに近い制度
でクマを射撃する人たちの活動を維持していたが、命がけの作業に
対しての報酬があまりに少なすぎる。町場での射撃について、
猟友会と警察との意見の食い違いがあり、法廷の場で争われる事態
が起き、猟友会が(やってられっかよ)という意識になってしまい、
全国でハンターが作業を放棄(ある意味では蜂起)してしまっている。
3:クマが増えてしまった。2が起因であるが、そもそもクマが2の
要因が崩れただけで増えるのは、以前に存在したニホンオオカミなどの
クマに対抗できる生き物が死滅、絶滅してしまったことが大きい。
4:無関心。人々が社会、自分以外の人間、人間以外の生き物、
自然、社会通念、文化、歴史、あらゆるものに興味を失っている。
すると、当事者意識が薄れ、あらゆることが、いわゆる(他人事)に
なってしまう。
まあ、もっと要因はありましょうが、大きいところで、
4つの原因を挙げました。
わたしが感じているのは、少し前にユーチューブの1Q1Aという
動画で日々回答をしている大愚和尚が言っていたことの大事さです。
『そのことがどうやって成り立っているのか?という視点で物事を
みると、そうでない見方をしているよりずっと興味が沸き、結果、
それを調べ、最終的には自分の中に当事者意識が芽生える。』
という言葉を聞き、わたしは、
(この人ってすごいなああ)と心の底から関心したのです。
人々は西洋主義、明治からの(和魂洋才)という選択肢の無い選択により、
個人主義の重視、伝統の軽視、過剰な人間関係がもたらす負の側面をことさら
嫌がる(嫁と姑や田舎地域のうわさ好きな面など)、など、誰かの意図に
乗っかって、流れ流れ、流され流され、空気に侵され流され、
社会が形成されてきました。
歴史を軽視するから狩猟を行っていた人たちの功績、それを失った際の
影響など、興味ないのです。
田舎を嫌がる(忌避すると言っていいレベルで)から、クマのことなんで
田舎のことでしょう、と他人事で済まします。
伝統に興味がないから、明治という時代にあらゆる取捨選択が行われ、
伝統が損なわれた側面が相当あるのに、そのことを棚卸などしていません。
西洋から急に、驚く程 急に押し当てられた形式を、あらゆる形式を
踏襲し、結果、伝統から 渓谷なみの途絶(隔絶)を生じさせ、
しつらえものの 家、建物、道路、移動手段で生きていくしかなくなった
我々の実生活の実態が、今 在ります。
そのこと(クマと人が別々に暮らしていたこと)
それが、
どうやって成り立っていたか(社会に伝統があり人のつながりがあった故)
まあ、社会に伝統があり人のつながりがあった故 というのは、大分漠然
とはしていますが、それがあるから、その社会はうまく 人間と動物が共存
出来ていたんです。
そういうことに気づいて、これまで日本がやってきたことの何が良くなかった
のか、そろそろ棚卸しする時期です。
西洋と日本は違いますからね。
全くと言っていい程に。
西洋は日本ほど、自然に恵まれてない国々が多いです。
それに対し、日本の自然は圧倒的です。森林面積など先進国ではトップクラス
です。森が豊かということは水も豊か、そして海も生きた海になります。
この西洋と日本の違いがあるなかで、馬鹿になって
ただ、西洋の押し付け物をつぎつぎと受けれて、社会を変容させていったら
それは、国が崩れますよ。
クマと共存するのは、住むエリアを完全にわけないといけないのです。
同じ場所に住んだら、人間が殺されたり怪我をします。
その緩衝地帯をかつての日本人はしっかり維持し、
かつての日本人は、それを維持するために狼などの野生動物の大切なことを
知って敬っていたし、
かつての日本人は、野生動物に対し 偏愛(屈折した愛情、自然でない愛情)
を抱いたり、過剰に嫌ったりすることはなかったのです。
そこに存在する、ともに生きるべき生命として人間が何をするべきかが
わかっていて、それを維持できる社会を、伝統とともに護持していたんです。
そのことがどうやって成り立っているのか、という視点。
その視点でみたとき、その事柄の問題の本質に行きつきます。
人間にとって大事なことはなにか。
歩いて行ける距離にクマが出没した事実を知り、
感じたことでした。
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